しののめのブログ

現在は漫画「あかね80’」がメインです

雨音のメロディ

町の小さなカフェには、古い木製のスピーカーがあります。
埃をかぶったそれは、まるで骨董品のようです。

いつもは静かにジャズを流し、店の雰囲気を優しく包んでいました。
しかし、ある日を境に、スピーカーは特別な存在になったのです。

それは、激しい夕立の日でした。
雨粒が窓を叩きつける音が、店中に響き渡ります。

いつものジャズは、雨音にかき消されそうでした。
その時です。

スピーカーから、いつもと違うメロディが流れ始めました。
それは、かすかに耳に残る、古い童謡でした。

亡くなった母が、よく口ずさんでいた歌です。
僕は思わず、カップに伸ばした手を止め、スピーカーを見つめました。

雨が小降りになると、童謡は自然とジャズに戻りました。
まるで、幻でも見たかのようでした。

その日以来、雨が降るたびに、スピーカーは違う曲を奏でるようになりました。
霧雨の朝には、学生時代の甘酸っぱいポップス。

雷雨の夜には、父が歌っていた力強い演歌。
雨の強さ、降り方、そして僕のその日の気分に呼応するかのように、流れる曲は変わるのです。

常連客たちは、それを「雨音の選曲」と呼び、楽しみにするようになりました。
「今日はどんな曲が流れるんだろうね」と、誰もが目を輝かせます。

そして、ある嵐の夜。
店に客はおらず、僕は一人、スピーカーの前に座っていました。

窓の外は、激しい風と雨の音でごうごうと鳴っています。
スピーカーからは、優しい子守唄が流れ出しました。

それは、僕がずっと忘れていた、幼い頃に母が歌ってくれた歌でした。
僕は、ただ涙が溢れるのを止められませんでした。

スピーカーは、僕の記憶の奥底に眠る宝物を、雨の日にだけそっと開いてくれるのです。

嵐が過ぎ去り、雨が止むと、スピーカーはまたいつものジャズに戻りました。
しかし、僕の心には、温かい余韻が長く残っていました。